望む未来を手に入れる

本当に手に入れたい未来があるなら、
「それを掴み取る!!」
「それを創り上げる!!」
って必ず必要。

「ああなったらいいな。
でもムリならこっちでもいいや。」
とか言っていると、「間違いなく“こっち”」になる。

例えば、友人と5人で集まってお茶している時に、ケーキが出てきた。
目の前のお皿の上には

・ミルフィーユ
・苺のショートケーキ
・ベイクドチーズケーキ
・シュークリーム
・ベリーのタルト

と、全部違う種類のケーキが1個ずつ。

目の前に5種類のケーキが出てきた時、
目の前に現われたその一瞬で、自分はどれを食べたいのか認識しているか??
そしてそれをちゃんと手に入れることができるか?

ベイクドチーズケーキを食べたい!
と、5種類のケーキが並んだお皿が出てきた瞬間に思っていたとしよう。

でも明るく元気な友人のAちゃんが、真っ先に
「私、ベイクドチーズケーキがいい!」
って言ったとする。

そもそも、あなたはベイクドチーズケーキが欲しかったのに、
「欲しい!」
意思表示をしますか?

Aちゃんは欲しいものを手に入れることができるけれど、

意思表示しなかった人は
「あ・・・、じゃあ、こっちでいいよ。」
って感じの選び方をする。

「じゃあ」
とか、
「○○でいいよ」
で選ぶと、自分が本当に手に入れたいものではないことが多い。

ケーキなら妥協もアリだという人もいるかも知れないけれど、

「実際の自分の人生全般」とか
「生き方」とか
「在り方」とか
ではどうだろう??

—–

私は「幸せで自由なお金持ち」というライフスタイルを目指す人と接する機会が多い。

そのライフスタイルを目指す過程に必ず
ラットレースを抜ける=ラット抜け」というプロセスがある。

「ラット抜け」する時も、同じことが言える。

例えば、いつまでにラット抜けしたいのか?聴くと
「できれば、来年の年末までには・・・」
とか表現する人が多い。

この表現の発言を聞くと、いつも
「本当にそんなこと思ってるの?!」
って、実は思ってる(笑)

(↑否定しているわワケではなく、「それ、本心じゃないよね?!」って意味。)

この人、しかも自分の本当の願望や夢を自分で認識せず、
しかも「自分に対するウソ」の表現を使ってしまっている場合が多い。

この場合、「来年の年末」までに「ラット抜けをする」ことはムリに等しい。

「できれば」「来年の年末」「で」「いい」なら、
実際は、再来年でも5年後でもいいワケだから(笑)
(↑何でそうなるか書くと脱線するので他の機会に 笑)

ちなみに、
“「幸せで自由なお金持ち」というライフスタイルを手に入れる”
ということ以外でも、

この
「できれば」「で」「いい」
という表現を使う人で、その通りに自分の未来を掴んだ人は一人もいない。

そしてこの表現をする人の多くは、
「与えらてもらう」ことを
「ただ待っている」だけ。

それじゃあ、自分が望む未来はつくれないし手に入れられない。

自分の人生は1度きり。

私は、
「できれば」「で」「いい」
っては思わないし、言わない。

待っているだけじゃあ、
手に入らない。

本当に手に入れたい未来があるなら、

「それを掴み取る!!」
「それを創り上げる!!」

って必ず必要。

「それ」、本当に1番手に入れたいものですか?

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1 個のコメント

  • 曖昧な表現は、理想の未来を遠ざけるという事、恐ろしいですね。

    何事も言い切る事を身につけます!(*^^*)!

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